警察官がちらちらとこちらを見ていた。
しかし私は確信していた。
彼は何も言うまい、と。
案の定、警察官は、私が目の前を通り過ぎても何も言わず、ただそこに立っていた。
なにせこちらは歩行者。
歩きながら本を読んではならないという法律はない。
たとえそれがヘッドフォンをしながらだとしても。
(ヘッドフォンしていたのかよ)<ええ、いつものことですが>


時刻は20:00を回ったところ。
東京が白夜になることなどないから、勿論太陽の光などない。
歩きながら本が読めるほど、東京の夜は明るい。
しかもここは23区の外、武蔵野の地。
新宿直通の、新青梅街道沿いとはいえ、完全な郊外でこの明るさなのである。
(いや、読むなよ。なんでそんな暗いところにいてまで読むんだよ)<たぶん、その本が本日読了予定本にも拘わらず、本日読み終えられそうになかったからじゃないの>
(なんだよ、読了予定本ってさ)


気付いたら赤信号をどうどうと渡っていた、とか、道路の真ん中を歩いていて車にどやされた、といったことは、何故か今まで一度もない。
信号の手前まできたら自然に足が止まり、交通量の多いところ、曲がり角ではきちんと周囲を確認している。
車や自転車にも反応する。
たぶん、音を聞いているのだと思う。<ヘッドフォンをしながら?>
(結構聞こえるらしいよ。でなきゃ第六感)<第六感をそんなことに使うなよ>


むしろ危険なのは、光も音も発しない、止まっている物体の方である。
目の前に急に枝が現れて慌ててよけた、ということが良くある(だから、それに懲りて止めろよ)。
止まっている車にぶつかったことも一度だけある。
(だから、止めろって)


歩きながら本を読むと、何故かとてもよく内容が頭に入る。
たぶん神経が鋭敏になっているからだろう。
だから私は読歩用の本によく思想書を選ぶ。
(だから疲れるんだよ)
この読歩、止められそうにない。
(いや、止めろよ。そのうち轢かれちゃうよ)<まあ、本を読みながら死ぬならそれも悪くはない>
┐( ̄ヘ ̄)┌