知って不幸になるか、知らなくて不安になるか

ドーン (講談社文庫)

ドーン (講談社文庫)

書名:ドーン (講談社文庫)
著者:平野啓一郎


■評価:良
  物語:○ 情報:○ 斬新さ:△ 意外性:△ 含意の深さ:◎ ムーブメント:△ 構成:○ 日本語:○
  お勧め出来る人 :愛することについて深く考えたい人
  お勧めできない人:『私とは何か――「個人」から「分人」へ』を未だ読んでいない人


■所感
いろいろな読み方が出来る、奥の深い小説である。
アメリカの大統領選を題材とした政治小説としても十分に完結しており、近未来を描いたSF小説としても十分に読ませる内容になっている。
しかし、何と言っても本書の主題である、「人は、『わたしが知らないあなた』を持った相手を受け入れ、愛することが出来るか」という観点から、本書は読まれるべきであろう。
(勿論、他の読み方を否定するものではない。あくまで「べき」論として)


このテーマに関する答えは、是非一読して本人の目で確かめて欲しいが、この難しいテーマを緻密に構成し、うまく書ききった著者の力量には心底感服するものである。


本書のテーマは、この後に著者自身が記した、『私とは何か――「個人」から「分人」へ』という新書で説明されている。
本書を読み終えた後でも良いが、出来ることならば本書を読む「前」に、新書を読んで内容を理解しておくことを強くお勧めする。
そうすると本書で掲げられているテーマが非常に明瞭に認識でき、それは本書を読むことで得られる思索の価値を何十倍にも高めることになるだろう。


物語として本書を評するならば、意外性に乏しく、全てが落ち着くべき場所に落ち着いた、という感想となる。
それは本書が様々なテーマに挑戦しているという構造上、ある程度仕方がないことではあるが、ではそれは本書が退屈であることを意味しているかと言えばそうではない。
落ち着くべきところに落ち着く物語は、読んでいて安心感がある。


また、本筋のテーマ以外にも本書は優れたテーマをいくつか提示している。
特に「恥」に関する鋭い分析に関しては、一読の価値がある。
これは、その部分だけを切り出しても1つの論説として評価出来るくらいの非常に優れた考察である。


読む価値のある本であることは間違いないので、是非ご一読あれ。


■読了日
2012/11/11