20で死ぬものだと思っていた。
特に根拠はないが、そう自分で決めていた。
ニヒリズム、という言葉は知っていた。
虚無主義という言葉に置き換えて、解ったつもりになっていただけであったが。
三島由紀夫が何をしたのか、いや、そもそも三島由紀夫とは何者なのかすら知っていなかった。
ミシマユキオハキンカクジヲカイタ
勿論、テストでは100点である。
況や『二十歳のエチュード』をや。


そのような高尚な思想など何もなかった。
たぶん、当時見ていたテレビアニメの影響だったのだろう。
その程度の幼稚な考えである。


荒唐無稽な夢。
手段としての上京。
幸運という仮面を被った運命の悪戯。
運と実力の識別すら付かぬ未熟な精神。
そして、起こるべくして起きたカタストロフィ。


紙にすら描くことが出来ないようなあまりにも未熟な夢が、現実として実を結ぶことなどあり得るはずもなく、そんな幻想よりは遙かに確からしい現実の前にあっけなく霧散した。
そして気がついたら私は22になっていた。


自分に対する譲歩を始めたとき、既に私は自分の人生をどうでもよいものと見なしていたのである。
しかしあれほどまでに憧れていた破滅の時は訪れることなく、私は「絶対になるまい」と決めていたサラリーマンになった。


自分を騙し続けられると思っていた。
そのための理論まで構築した。
偽物の夢とライフワークまで造り上げてまで生にしがみつこうとした。
その時<わたし>が何を考えていたのか、今となっては知るよしもない。


生活が思想を食いつぶし、<わたし>が消滅して動物的生を受け入れるか、或いは第二のカタストロフがついに<わたし>を崩壊させて待ち望んだ破滅が訪れるのか。
どちらでも良かった。
だが、そのどちらも訪れることは無かった。
終わりのない、ただただ薄く引き延ばされた苦痛だけがそこにはあった。