第三次世界大戦 世界恐慌でこうなる!

第三次世界大戦 世界恐慌でこうなる!

書名:第三次世界大戦 世界恐慌でこうなる!
著者:佐藤優, 田原総一朗


期待したとおりの良書。
本当は姉妹本を読んでからまとめて書評を書くつもりだったが、割り込み作業が入って、姉妹本にいつ手をつけられるか解らない状態なので、ここで書いておくことにする。
まあ、内容も左右巻では異なっているので。


で、姉妹本の書評にも書いたけれども、これだけ重いテーマの書は読み終えたときにきちんと評なり所感なり書き留めておかないと、意味がない。
確かにインプットは楽でいくらでも進むのだが、それをきちんと活かす努力をしなければ、すべて無駄に終わる。


・・・話をそらすな。
本書で佐藤氏が述べている、「現在起こっている世界的な経済危機は、いわゆる『近経』では説明できないが、『マル経』ならばそれを上手く説明できる」という点は、一理あると思う。
今回の危機に関して、巷では、「市場か政府か」という不毛な2者択一の議論しかなされていない。
それは。今回の危機を「近経」という限られた経済理論の中で説明しようとするからそうなるのであり、そういう意味では「マル経」が現在発生している事象を整理するための有益な視点を与えてくれるということは間違いではない。
ただし、「マル経」からはなんら有益な対応策は導き出せないというのも確かなことである。
(そこら辺は佐藤氏も百も承知である。彼は「共産主義者」ではない)
本書が良書たるゆえんは、現在のこの混迷した危機的状況を、佐藤氏が、ある1つの理論的枠組みに沿って見事に説明しているという点にある。


ただし、彼の「マルクス論」には私は賛同しかねる。
マルクスは理論家(しかも経済学者であり、歴史学者であり、哲学者でもある)であると同時に、やはり革命家でもあり、『資本論』と『共産党宣言』を完全に切り離して前者だけを純粋な「マルクス」とすることはできない。
勿論、『資本論』のみを有益な理論書として受け入れ、『共産党宣言』の方は認めないというプラグマティックなマルクス理論の利用、あるいは思想的立場があるのは構わないが、「マルクス」という人間を考える場合は、あくまで両者をセットとして考えなければならないと私は思う。
確かに、共産主義に「国家」の観点を導入したのはレーニンであり、マルクス主義マルクス・レーニン主義、またそれとトロツキイズム、スターリニズム毛沢東思想とは厳密に区別する必要があるが、マルクス主義のこれらの発展(?)に関してマルクスが全く無関係かといえば、そんなことはない。


ちなみに、「資本主義がいかにしてマルクスの予言した『崩壊』を(少なくとも今回の危機以前には)乗り越えてきたか(乗り越えたように見せかけてきたか)」に関しても、私は彼の意見を最良の説明だとは見なさない(有益な観点だとは思うが)。
この問題に関して最も説得力のある理論は、見田宗介氏の『現代社会の理論』の中で述べられている、「欲望の離陸」論である。
詳しくは同書を読んでもらいたいが、要は、人間の欲望が必要の地平を離れて飛翔していったことにより、「需要の頭打ち」が起きなかったため、恐慌→最終需要としての戦争→資本主義の崩壊というマルクスの予言が的中することなく(少なくとも現在に至るまで)資本主義が存続してきたという理論である。<また、評すべき書の内容から離れて書きたいこと書いているな>


とにかく、現在の経済危機を理解するためには、「近経」の視点では限界があり、それ以前のあるいはそれも含んだメタ理論の視点が必要となる(そういう意味では、昨年人物名をタイトルにした書がサントリー学芸賞を受賞したアダム・スミスの原点に返って考えることも有意義である。こちらの方は今ブームのようだが)。
本書はそのような視点から現在世界で起こっていることを説明しているという点で非常に有益である。
マル経に関する前提知識はあった方がより佐藤氏の語っている内容を理解できるが、特に備えていなくても必要な事項はきちんと説明されているので、十分に読める(そこはさすがにインタビューのプロ、田原氏である)。
自分なりの視点を持つためにも是非読んでおきたい一冊である。