アーキテクチャの生態系

アーキテクチャの生態系

書名:アーキテクチャの生態系――情報環境はいかに設計されてきたか
著者:濱野智史


良書。
新しい時代に対応した、新しい世代による、新しい社会学である。
しかも、日本社会の特徴をうまくとらえた日本発の研究でありながら、普遍性を持つ理論であるが故に、世界標準となりうる優れた分析の書である。


『リアルのゆくえ』で、東氏が「アーキテクチャアーキテクチャ」と言うものだから、なんのこっちゃと思っていたら、このことだったのか。
(著者は既に東氏に認知されている)


なるほど、確かに。
法でも規範でもなく、「アーキテクチャ」による秩序という著者の主張は、斬新でかつ説得力のある分析である。
これからの社会のあり方を考える上で、1つの有力な判断軸として、それは有効であり、また既存の社会現象を説明する上でそれは非常に説得力のある「物語」を提示しうるだろう。


本書はまた、2ちゃんねるmixiニコニコ動画など、他国とは異なる環境が自然発生的に作られていくこの国のインターネットの世界の特徴を的確にとらえて理論化した(少なくとも私が知る限り)初めての理論書である。
これらは単純にこの国の「閉鎖性」或いは「公」概念の希薄さに還元して語られることが多く、まともな評価がなされることはほとんどなかったが、本書はそのような価値判断をいったん留保した上で、冷静かつ的確にその特徴をとらえている。
その結果、これらの現象の通底を流れる共通の特徴、そこに垣間見える「日本性」について秀逸な理論を構築することができているのだ。


本書を読むことで、この国ではどうして米国など欧米圏では既に実現しつつある(そして梅田さんがその訪れを期待を込めて高らかに宣言した)「総表現社会」がいつまで経っても訪れる気配を見せないのかということが明らかになる。
(本書は、当の梅田さんに是非読んでいただきたい本である。梅田さんであれば、日本の若者に対して、そのような「まったり空間」から飛び出して「個」として情報発信していくことの大切さと楽しさについて熱く語ってくれるだろうと思う)


筆者は価値判断に関しては、非常に慎重である。
人々が「無意識」のうちに、ある一定の倫理を形成するような「アーキテクチャ」型の倫理に対しては(東氏と同様)期待を寄せているように見えるが、「日本的」なネット空間に関しては、そこから学ぶべきものがあるにせよ、やはりそのままでは受け入れかねる、という立場に思われた。


梅田さんの『ウェブ進化論』から始まった一連の、「ウェブ時代」論に興味のある方、
東氏の「ポストモダン論」や最近の研究「情報環境論」(私はまったく追い切れていないが)に共感を抱いている方、
また、「『2ちゃんねる』や『ニコニコ動画』って、いったいなんなの、なんでそんなに騒がれてるの、どうして近寄りがたい(気持ち悪い)雰囲気を発しているの」と感じている方、
或いは「私はどうしてmixiが止められないの」と悩んでいる方、などにお勧めである。
硬派の社会学者(という表現はもはや死語だな)も(こっそりとでも良いので)読んでおくべき。
彼らといえども、こうしたネット上を賑わせている「アーキテクチャ」は無視できないものになっているはずである。
現代社会を読み解く上で秀逸な視点を提供している良書である。
是非。