ふぅむ。
どう書いたものか。
毎回読み返して絶望するのだが、私はこのブログにろくなことを書いていない。
今も、参考までにと、昨年の総括と今年の年頭の決意を見返してみたが、昨年の総括は話があっちこっち散っていて理解不能であり、今年の年頭の決意に至っては、「『不健康』ネタは極力書かない」という決意なのか願望なのかよく解らない記述以外に見あたるものがなかった。
(年頭の決意を書いていたような気がしたのは錯覚なのだろうか)
もう少しまともな話を書いていたつもりだったのだがな。


まあ、良い。
お前は所詮その程度の人間よ。


[総括-総評]
今年1年に点数を付けるとするならば、0点である。


有言は全て不実行だった。
物語論」は、未だ緒に就いたという段階で、軌道に乗っていない。
(完成予定は7/15だった)
必要な勉強を行わなかった。
不養生から体調を悪化させた。
以上の2つの要素が仕事の不振に直結し、納期・工程・品質共に不合格な仕事しか行うことが出来なかった。
後者の要因に関してはまだ情状酌量の余地があるが(何せ身体が我が儘すぎる)、前者に関しては全く弁解の余地はない。


不勉強から仕事が遅れ、ミスを頻発し、ストレスを抱え込む。
残業時間を使い果たし、仕事を他の人に振られる。
毎日のように遅れを調整してもらう羽目になる。
それらの結果がまたストレスとなり、身体を壊し、仕事の能率を低下させる。
病状を改善するために投与した薬が効きすぎて居眠りしてしまう。
目も当てられないとはこのことを指す。
この負の悪循環の中心にあるのは知識・経験不足と体調不良であるが、後者がどうにもならない(少なくともすぐには治せる類の病ではない)以上、前者にてカバーするより他はないのである。
まして、これ以上ないまでに卑屈になっている癖に、無駄にプライドの高いこの御仁は、出来ない、解らない、間に合わない、間違える、ことに過剰に反応する。
こういう性格の人間は、人の2倍も3倍も努力して、不足分を補い、成果を出して自尊心を高めていくしかないのに、それが解っていてまったく努力しようとしない。
自滅したいがためのサボタージュのようにしか見えない、不可解なこの行動。
何度も書いたが、未だに理解に苦しんでいる。
前途はまだ、暗い。


今年唯一のgood newsは、バドミントンクラブ存続である。
フリーダム
新しい練習場所を確保して、前任者からクラブを引き継いだ。
だが、これは私の成果ではない。
私は私の欲望に従って、行動したまでで、メンバーの方がそれに呼応してくれたからこそ今もまだ順調に続けることが出来ている。
勿論、来年も同様に続けていくつもりである。


ともかく、今年は0点の年であった。
評価すべきところは何もない。
確かに、昨年の今に比べれば知識・経験共に向上はしている。
だが、1年というコストに見合うだけのそれではない。
1年かけてこの程度しか伸びないのであれば、近いうちに職を失うようなことになっても不思議ではない。
(仕事が出来ない新人、ならまだ改善の余地があるが、仕事が出来ない3年目、はお荷物以外のなにものでもない)
この1年の成果としても、コストに見合うだけのものはない。
資格は受けた数がそもそも2つと少なく、両方とも完全に失敗した。
論文はまともなものが1つも書けていない。
ノート・レポートの類は10ほど作成したが、この程度の作業は1ヶ月で出来る。
ライフワークのブログは、ほとんど更新できていない。
HPは放置したままである。
読書量は昨年の2/3くらいであろうか。
(こちらは不正確)


10点でも20点でもくみ取っていくのが、「大人」の生き方なのだろうが、私はそんな風にはなれないし、なりたくもない。
前向きに生きていくためには、駄目な自分でも良いところを見つけて誉めてやったり、あるがままを肯定したりしてあげなければならないのだろうが、そもそも私は前向きに生きていくつもりなど全くない。
駄目なものは駄目。
0点は0点である。
現に成果が上がっていないのだから。


このブログのタイトルを思い出せ。
そして、自分が今、何をすべきなのかを思い出せ。
話はそれからだ。


[総括-不健康]
「『不健康』ネタは極力書かない」という新年の決意(とその後でもう1回だけ再度決意し直したような気がする)は、脆くも崩れ去った。
1年中、「身体が〜身体が〜」と書き続けた。
もともとこのブログ、心身ともに不健康さが目立つブログだったが、殊ここ2年間に関しては、毎回のように心身の不調についての記述が書かれるようになってしまった。
いっそ改題しようかな。
"be sick"
とか。<センスなさ過ぎ>


不健康の要因は様々だろうが、医者の言葉を信じるならば、全て「ストレス」に結びつくらしい。
終わってみると「胃が痛い」「眼が痛い」「気分が悪い」「腸が痛い」とかなんとか言い続けていた割に、仕事は皆勤で体調不良による有給は半日も使っていない。
2月に1度だけ風邪をひいた(らしい。記録によると)が、それから先は病気はしていない。
怪我は、軽い程度のものなら時々していたが(ラケットが当たってまぶた切ったり)、医者にかかるほどのものはなし。
それでも病院は3つ掛け持ちしている。
なんだろうね、これは。


話がややそれた。
結局、こういうことだと思われる。
今年から本格的に業務に携わることになり、己の知識・経験の不足と、身体の不調、それから仕事に向かない性格(細かいことにこだわる癖に集中力にムラがあり、ミスを頻発する。飽きっぽい。はまると思考が停止する)から、仕事でミスや遅れが目立つようになった。
それが大きなストレスとなり、また夏場の無理(深夜残業や早朝出勤)がトリガーとなって、不調を増幅させた。
土曜・日曜と続けて活動の入る日が多く、バドミントンの回数も増えて疲労が溜まったというのも、身体の不調を増幅させた要因だろう。
昨年は夏場の東京行がよい気分転換となったが、今年の東京行は(時間を割いてくださった方には非常に申し訳ないのだが)身体には逆効果だった。
夏期フレックス休暇でリフレッシュすることに失敗した状態で、10月〜11月に今年2度目のデスマーチを迎えて完全に破綻して今に至る、とこういう感じだろうか。


少なくとも半分は自業自得だな、これは。
だけど身体も我が儘言い過ぎ。
どっちもどっち。


ちなみに、夏場にほとんど食べられない状態になって、6kgほど落っこちていた体重は、現在やや回復しつつある(4kgぐらい戻った)。
消化も出来ないくせに時に異常な食欲を発揮するため「改善」したとは言い難いのだが。
食生活も不規則で、まともな食事が摂れない分、糖分が多く、体重の増加に比して体脂肪の増加が気になると言えば気になる。<何度もつっこんでいるが、それでもまだ痩せすぎ>


もうこの身体に関しては、諦め以外に何の方法もないのだが、かといって、自暴自棄になるとしっかりと壊れてくれるので、ある程度管理しながら慣れていくしかないのだろう。
そこまでして生き続ける意味など(少なくとも私には)ないのだけど。


[総括-仕事]
総評のところでほとんど語り尽くした感があるが、一通り振り返ることにする。


今年の7月に始まったプロジェクトあたりから、だいたい1人分(といっても勿論、新米プログラマ1人分)の仕事を担当するようになった。
(昨年の11月あたりに「業務が本格化した」といった書き方をしていたが、その時点ではまだ仕事に占める「作業」の割合が多く、担当箇所はごく限られていた)
で、危惧していたとおり、ものの見事に上記3要素、即ち知識・経験不足、身体の不調、駄目な性格が仕事の足を引っ張ってくれた、という訳である。


今年7月から3つのプロジェクトに携わったが(正確には小さいのがもう1つあった)、最もましだったのが、最初の1つで、残り2つはぼろぼろ。
最初の1つのプロジェクトは、ようやくかけるようになってきたJavaでのUI実装で、時間はかかったがどうにか担当部分を作り上げることができた。


2つめのプロジェクトは同様にJava実装だったが、UIではなくフレームワーク部分で、既存のコードの理解に時間がかかり、かつ短い実装期間で大量の機能を実装する必要があったため、てんてこ舞いだった。
怒濤のようにコードを書いてテストをしていたが、はっきり言ってまともに動いていることが奇跡のような状態であると思う。
コミットしてはならないテストコードを2回もコミットしてしまうなど(しかもそのうち1回は試験フェーズ直前で試験を止めるような大失態)、疲れによるミスも目立ち、どうにか日程内に収めたときには完全に消耗していた。


3つめは完全にメインから外された状態で、1人Webアプリのサンプルを作成していた。
この配置は、自分の希望(Webに関わる記述を身につけたいと話したことがあった)と、その時の消耗状態からの配慮であったと理解しているが、1度もかいたことのない(入門書だけは1冊読んでいた)javascriptでの実装や、クロスブラウザなどに神経をすり減らし、また、確認不足から何度も手戻りが発生して、結局最後のぎりぎりまでかかって、50点も付けられないようなひどいものを納めることになった。


結局は、能力・知識・経験の不足から、自らの首を絞めるような仕事の進め方をして、自滅し、ストレスを抱えて身体を痛めつけ、作業効率の低下を残業で埋めようとして泥沼にはまりこんでいた、ということ。
能力が低いのは努力で補わなければならないのだが、何故かこの人は勉強しないんだな、ほんとに。
抜本的な改善を図らないと来年もまた同じようなことになるのは明白。
(それならまだましな方で、早い段階で見切られる可能性もある。今年のようなひどい仕事ぶりでは)


[総括-勉学]
大いに後退した年。
ほとんど何もしなかった。
総評でも書いたが、ろくに勉強せずに受けた資格試験が受かるはずもなく、全滅。
それでも勉強しない自分にあきれてものも言えない、というのが今の状態。
一時期、毎朝英会話の勉強(といってもN○Kを見ていただけだけど)をする良いサイクルで1日が回っていた時期があったような気がするが、いつの間にかその習慣もなくなってしまっていた。
(起床だけは相変わらず5時台が多いのにね。やる気の問題。朝、死にすぎ)


企業会計マーケティング理論の本を何冊か読んだので、少しはその分野の知識が身についたような気もするが、本格的に勉強していないので、あまり意味はない。
就職しても続けると決意した語学・社会学・数学等はまったく手つかず。
音楽理論も昨年から放置したまま。


少なくとも語学の勉強の習慣だけは取り戻さないと、お先真っ暗なのは確実。
まずは1日に30分から1時間の勉強時間を取り戻すことが急務。
(週末に、毎週4時間くらい、自宅で勉強会が開かれるようになったが、こちらは業務と直結「しない」プログラミングの勉強会なので、また別)


[総括-読書]
読書量の増減は正直なところ不明。
感覚的には読書時間は減っている(上述の通り2/3くらい)と思われるが、検証していないので確たることは言えない。


ただ、今年の読書は昨年のそれが「不毛」だったのに比べると、内容的には悪くはないものとなった。
と思って、過去の記録(10月からの書評の漏れを埋めるのは大変そうだ・・・)漁ってみたら、最終的には当たり本/外れ本は2/5くらいになってしまっていた。
2/5だと、平均的、というところで、特に今年の読書が優れていた訳ではなさそうだ。
よほど昨年末の駄目な印象と、今年頭の良い印象(今年頭には良書に良く当たった)が残っていたのだろう。
まとめると、本年の読書は可もなく、不可もなく、平均的といったところか。


ただし、書籍を主要な知識源としている私にとって、この読了数はあまりにも少なすぎる。
これも頻繁に書いているが、当面の目標は2日に1冊、理想は1日1冊である。
まあ、そのせいで中身のない駄本ばかりになってしまっても意味がないと言えばないのだが。


今年は一時期「業務効率改善」の勉強会を主催していたこともあり、読了本のうち、ビジネス書が占める割合が比較的多かった。
ワイフワークの哲学書はやや少なめ。
小説は更に少ない。
後は社会学ぐらい。


今も「物語論」のために急遽、村上陽一郎先生(村上陽一郎先生は私にとって、植松伸夫師匠が「師匠」であるのと同様、「先生」である。一度も講義を受けたことはないが)の本を読んでいるが、だんだん目的を持って書を読むようになってきた。
これはまあ、当たり前のことであるが、以前は好奇心の赴くままに読むべき本を後回しにしていたので少しは改善したのだろうか。


[総括-散財]
書籍の購入は・・・。
相変わらず買いすぎ。
去年の終わりに、「あと半年で本の置き場に困るようになるだろう」と書いたが、まさにその通りになった。
進歩のないやつ。
本を処分する暇も、処分を考えた読み方もしていないので(某ちり紙交換の店に引き渡すのは最終手段。本の価値が解らないところに本を売りたくはない)、本は溜まる一方。
既に本棚には納まらなくなっている。
今、「駄本」と「使用済み本」を段ボールに詰めて何処かにしまおうという計画を進めているところ(処分しろよ。そう意固地にならずに)。


場所も問題だが、書籍代が馬鹿にならない。
そんな薄給でそんなに毎月本ばかり買っていると、いつか破綻するぞ。
(まだどうにか均衡は保てている。が、ちょっと大きな出費(上京とか)があると、途端に首が回らなくなるのはどうかと思う)
前々回は予想外に本を買わなかったので、やっと落ち着いてきた(あの書店の本に飽き始めてきた?)と思ったら、前回はすさまじい勢いで本を抱え込み、(私のその書店での)1回の購入総額の記録を更新してしまった。
嗚呼、人の欲望って。<そこで普遍化するな。これはあんたの欲望でしょ>


今年は年内に2回上京し、また、デスクトップマシンの買い換えも行ったため、特に9月から2ヶ月ほど懐が厳しい状態になった。
書店の立ち寄りも禁止・・・していたはずだけどなぁ、なんだろう、この図書購入記録は。
(神戸行き辺りであっさりと禁が解かれてしまったようだな)


身体のことを考えると、散財などしている場合ではないのだが。


[総括-運動]
今年はやたらとバドミントンをした。
今も週に2回、土日が基本となっているし、5月の連休中には4日連続というのもあった。
(勿論そのツケは休み明けにすぐ来た)
また、大会に誘われて何度か参加した。
バドミントンに関しては、予想もしていなかったことだが、少々技能が向上したように感じる。
最近余裕をもってバックハンドスマッシュなど打っている自分に少しだけ驚いた。
ただ、それも内々での話だけで、実際には大会で通用するような技術・体力が身についた訳ではない。
まともな強化練習をしていないのだから当然と言えば当然である。
レーニングも行っていない。
一時期週2回くらい行っていたランニング(?)も全く行わなくなった。
技能は少々向上したようだが、体力は少し落ちたかもしれない。
(体重も回復していないしね)


フリーダムのチームメンバーの実力向上という観点では、ある一定の成果は出たのではないかと思っている。
取り敢えずその方面に関して自分が出来ることは行っているつもりだが、一定の成果は出ているようだ。
まだまだ一般の大会に通用するレベルではないが、楽しんでバドミントンを続けていく分には十分だろう。
実際に、メンバーの何人かは他のクラブに参加することもできるようになっている(これが個人的には当初目的の1つだった)。
この調子で楽しみつつ練習を続けていってもらいたい。
私も可能な限りサポートしていくつもりである。


バドミントン以外のスポーツはほとんど行っていない。
よく通っていたバッティングセンターには今年はほとんど行っていない(2,3回か?)。
まあ、その代わりにバドミントンをしていて、運動量としてはむしろ増えている方だから構わないのだが。


バッティングは良いにしても、ランニングはまた行うようにしたいところである。


[総括-人間関係]
特記するようなことはなし。
今年もまた、例年通り、何もなかった。
それだけ。


[総括-ライフワーク]
本来はこの分野で大きな成果(勿論「物語論」のこと)があるべきであった。
が、総評でも述べたとおり、ものの見事に有言不実行となってしまった。
来年に持ち越し。


メインの論文の他に関しても、このブログを含めて最近は放置気味。
紙々の誰そ彼
↑エピソード1くらいは本年中に書ききりたかった。
世界を記述する
↑最近精神活動が停滞しているのか、物語が降りてこない。
"Demiurge's diary"編は、先まで練ってあるので書くことが出来るのだが、肝心の執筆にかける時間がない。


HP(形而上学)は完全に放置したまま。
可能ならば、今年得た技術を用いてもう少しまともなページにグレードアップしたい。
フリーダムのページも合わせて。


[総括-雑感]
こうしてまとめてみると、2008年が、自分にとっていかに無駄多く、苦多く、得るものが少ない年であったかが解る。
だがこの年は、さまざまなことが「判明」した年でもあった。
この年の知見を活かせば、来年はこのように卑屈になることなく、堂々とその年の成果を披瀝(別に人に自慢するのがこの総括の目的ではないが)出来る可能性がある。
足りないもの、必要なもの、やるべきこと、やってはいけないこと、それは十分に解った。
あとは行動するか否かである。
ただし、放擲の精神を忘れてはならない。
結果は求めてはならない。
ただひたすら行動せよ。
生を投げて、己を投げて、前に進め。