東京レポート2-1

東京には、帰ってきた、という感が強い。
それほど私は東京に馴染んでいる・・・つもりでいる。
無能なので実際に仕事をすると相当へこむのだろうけど、暮らすという点ではやはり東京がベストのように思う。
きっとこの群衆の中に紛れる自己の喪失感と喧噪の中の静けさが気に入っているのだろう。
ここでは孤独感を感じることなく好きなだけ孤独に浸れる。


まあ、「だって、本がいっぱいあって、本がいっぱい読めるんだもん」などというマテリアリズムむき出しの幼稚な感想は書けないからなぁ。
(書いてるし)


チェックインは16:00だが、前の人との入れ替えがあるらしく、16:00を過ぎてから来るように念を押された。
まあ、いいや。
本当は荷物をおいてからゆっくりと物色・・・もとい、物色・・・ま、まあ物色だな。
仕方がないのと、短い滞在期間で是非やっておかなければならないのとで、そのまま、書店に直行となった。
15kgだか20kgのラケットバッグ背負ったまま。
勿論。


向かったのは池袋のジュンク堂本店。
行きつけは新宿新南口の方の紀伊國屋書店なのだが、そちらは明後日に行く予定がある。
人と一緒なのであまり自分の世界に入ってもまずいのと、職業上必要な情報系の書籍を見ておく必要があるのとで、事前に書店物色は行っておく必要があるように思えた。
まあ、3時間もあれば1周り出来るだろう・・・というのは甘い考えでした、はい。


ひっかかるは、ひっかかる。
文庫・新書のフロアで1時間超。
人文のフロアではどれだけ過ごしたか記憶に無し。
気付いたら、情報の本をまったく見ていない状態で予定の18:00になろうとしていた。
いかんいかん。
ユングの『グノーシス』とか探している場合でも、北欧神話関連書籍の充実ぶりによだれ垂らしている場合でも、『神話と形而上学』という研究書を紐解いている場合でもない。
思い直して情報のフロアに行ったのはよいが、出来たのはざっと眺めるくらい。
当初目的そっちのけで本にのめり込んでいたのは想定内というべきか、最早書けてあげる言葉はないのではないだろうか。
このビブリ男め。


以前に書いたが、全ての書店はカゴを用意しておくべきなのだ。
そして、池袋ジュンク堂本店は素晴らしいことに、カゴが完備されているのだ。
ふっふっふ。
その様子では、さぞかし本を買い込んだのだろうと思った人、残念でした。
本日の購入書籍は4冊のみ。


だってさ、ただでさえ重い荷物背負って、肩が悲鳴を上げているような状況でっせ。
これ以上荷物増やしてどうすんの。
・・・というのは嘘で、これにはもっと大きな要因がある。
要は、初日に旅費(飛行機代+宿泊代)を軽く上回るような本の買い物すると、本当に帰れなくなっちゃうよっていうことで、この日は購入はしないで(といっても4冊買っちゃったんだけど、こいつは人に会う前にネタとして読んでおこうと思った本)メモだけとっておき、最終日にまとめて買うか帰ってから某ネット書店でちまちま買い集めていくかしようと既に計画済みだったわけ。
いくら本を目の前にすると全ての理性が吹っ飛び、普段の無感動沈着冷静な仮面をかなぐり捨て、「うぉー」とか「うへへ」とかわけの分からないことを叫びながら腕に抱えていく人でもそのくらいの分別はあったらしい。
ていうか。
このメモ通り買ったらほんとに財布スッカラカンじゃ済まなくなる・・・。
40冊くらいあるし、『世界神話大事典』って確か2万超の大物じゃなかったっけ?
恐るべし、本の魔力。


さて、飲まず食わず(朝食以来)で3時間半以上、書のタイトルと目次と裏表紙だけ眺めて過ごしたあげくに、荷物の重さによる肉体疲労だけを増し加え、借入書の明細にも等しい恐るべき書名メモだけを得た後は、ホテルに直行して、チェックイン、夕食後、ひたすら読む、書く、という至福の時を過ごしたのでありました。


・・・。
あんた何しに東京来たのさ。
ま、まあ、初日は休養ということで。


さて、明日は冥土なる生物が潜んでいるという新しいこの国の象徴になりつつある街に繰り出すことになっているみたいですよ。
起きられれば。