あなたでよかった

だから

あなたでよかった

は私にとって唯一の救いの言葉なのである。


ユー・ガット・メール 特別版 [DVD]

ユー・ガット・メール 特別版 [DVD]

作品:ユー・ガット・メール
監督:ノーラ・エフロン


3度目の視聴。


一番好きなラブストーリーは?と聞かれて答えに窮するのは、私の一番好きなラブストーリーが書籍化されていないことが原因である。
「恋愛もの」ならば、何よりもまずジイドの『狭き門』を挙げるのだが、厳密にはあれはラブストーリーではない。
「書の人」という自分のイメージに固執しすぎて、未だに私は人にこの作品の素晴らしさを紹介できないでいる。


ちなみに、一番好きな映画は『ダンサー・イン・ザ・ダーク』であるが、勿論ラブストーリーではない。


何度見てもその美しさに心うたれる作品である。
メグ・ライアンが、ではない(美しいのは認めるが)。
物語が、である。


人によっては陳腐な話、と切って捨てるだろう。
メールでしかうち解けた話が出来ないのはコミュニケーション能力が未熟だからだ、と紋切り型の意見を述べる者もいるに違いない。
しかし、そのような者にはこの美しさは理解できない。


距離が優しさを、思いやりを、ユーモアを生む。
「面と向かって言うことが出来ない」本当の気持ちをその距離を利用して相手に伝えようとすることを笑うような人は、「面と向かって言えないようなこと」を相手に向かって直接話しているのだろうか。
「そんなこと言わなくても伝わる」と言うような人の「リアルな」人間関係こそ薄っぺらいのではないだろうか。


メールはお手軽だから、内容も薄っぺらいと言うが、本当だろうか。
本当に相手に伝えたいことがある場合、送ろうとしているメッセージ一言一言が相手にどう伝わるか、必死になって考えないだろうか。
何度も書いては消し、書いては消して、終いには「筆が進まなくなる」といったことは起きないだろうか。
そうしたとき、その人は便せんを前にして必死に文面を考える人と同じくらい相手のことを思っているのではないだろうか。


大事なのは媒体ではない。
相手との距離である。
直接会って話をすることは勿論重要であるが、その近すぎる距離故に思っていることを素直に伝えられないということがある。
場の雰囲気や視線に押されてつい思っていることと違うことを言ってしまうことがある。
感情の動きが抑えられなくて、感情にまかせて相手を傷つけるようなことを言ってしまうことがある。
或いは自らの感情を抑えすぎて、本当の気持ちを伝えることが出来ないままになってしまうことがある。
その時は距離が、その「人」の「本当」の気持ちを相手に伝える助けとなるのではないか。


勿論、これは願望の域を出ない。
現実には相手との距離があることで必要以上に相手を理想化し、現実に会ったときのギャップに失望させられることの方が多いだろう。
現実のパートナーがお互いにとって理想の相手だったという本作の例は極めて希有である。
まして先に気づいたジョーの方が自分の気持ちに素直になって積極的にアプローチするようなことがなければ現実にお互いが会うようなことすらなかっただろう。
往々にして美しい関係はそれを維持するために距離を維持し続ける必要がある。
多くの人はそれに気づいているから、敢えてその関係を壊してまで相手との距離を詰めようとはしない。


本作はそういう意味ではどこか「現実離れ」した雰囲気を持っている。
現実の世界を切り取った「ドラマ」というよりは人々の理想を抽出した「おとぎ話」に近い。
しかし、だからこそこの作品は他のどの作品と比べても純粋な美しさを持っているのである。


それは実現することのない、物語としての美しさである。
しかし、それを抱くことで、この救いようのないマテリアルワールドの中で自分を失わずに生きていくことができる。
私にとってラブストーリーとはそういうものを指すのである。