独りじゃない
- 作者: 小野不由美
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2000/01/14
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- 作者: 小野不由美
- 出版社/メーカー: 講談社
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著者:小野不由美
■評価:良
物語:○ 情報:− 斬新さ:○ 意外性:◎ 含意の深さ:◎ ムーブメント:△ 構成:○ 日本語:△
難易度:やや難 費用対効果:◎ タイトル:○
お勧め出来る人 :「思考実験」の場としての示唆に富む物語を求めている人
お勧めできない人:カタルシスを求めている人
■所感
なかなか読者を安心させてくれないところは、さすが本格ミステリー作家であると思った。
だが、単に不安な気持ちをかき立てられるだけではない。
本書の真骨頂は繰り返される不条理な「裏切り」に絶望する主人公の心理描写にある。
ここまでラディカルな「思考実験」はファンタジーの得意とするところである。
また、それこそがファンタジーというジャンルの存在意義でもある。
主人公は予期せずして平穏な日常から修羅の道に投げ出される。
毎晩のように襲い来る妖魔。
傷つけられ、夜も眠れず、心身ともに疲労困憊する。
身を守るためとはいえ、相手を傷つけ、返り血を浴びることで自分もまた傷つく。
何度も繰り返される自らの死と自らの手で行う殺戮の日々という極限状態はファンタジーだからこそ描くことのできる"if"である。
平凡な「冒険もの」であれば、主人公に課せられた「使命」が示され、或いは元の世界に帰るための筋道が明らかになっていくだろう。
各所で主人公に手をさしのべてくれる人々が現れ、主人公はその力を借りて前に進む・・・。
だが、本作では、主人公は手をさしのべてくれる人全てに裏切られ、同じ「人」から追い回され、次第に追い詰められていく。
しかもその理由は明らかにされない。
希望も示されない。
ただただ主人公は理不尽な仕打ちに苦しめられ続ける。
いきおい、主人公の心はすさみ、極度の人間不信に陥ってしまう。
だが、本作の非凡なところはここからである。
思い苦しむ主人公の内面の葛藤が克明に描写されるのである。
主人公は、自らに問いを発し続ける。
それは奪い、騙し、殺して生きる自分への糾弾であり、嘆きであり、絶望である。
主人公は外から傷つけられる以上に自らの爪で自らを掻きむしり、傷ついていく。
その様はたいへん痛ましい。
主人公は自らの問いに歯止めをかけることは出来ない。
果てには「私こそが妖魔なのではないか」という疑念にまで辿り着いてしまう。
だが、果たしてこれは主人公だけに起こりうる葛藤だろうか。
我々はさすがに、怪物に襲われたり、捕らえられて市中を引き回されたり、荒野を独りで彷徨するということは経験していない。
しかし、主人公が感じてる絶望や苦しみ、憤りは、我々にとっても大なり小なり訪れるものではないか。
本作で主人公の身にふりかかる出来事は我々の日常を極端にデフォルメしたものに過ぎない。
そしてそこからの脱出もまた、自らの変化によってしかなしえないという点で、本作の主人公は我々のうつしみであると言えなくはないだろうか。
良いファンタジーは良い問いを我々に投げかける。
本作もまた、我々に良い問いを投げかけている。
主人公の葛藤の中で、我々は自らを見つめ直す。
それはとても疲れることであるが、前に進むためには必要なことでもある。
日本語にやや難があるように感じたが、本作は著者の初期の作品ということなので、その点は次第に改善されていくと期待できる。
何よりもそれを補って余りあるだけの価値が本作にはある。
己の内面と向き合いたいと思っている方へ。
ただし、注意。
かなり消耗するので、心にゆとりのある時に読むこと。