ガンディーも残念ながら人だった

ガンディーからの<問い> 君は「欲望」を捨てられるか

ガンディーからの<問い> 君は「欲望」を捨てられるか

書名:ガンディーからの“問い”―君は「欲望」を捨てられるか
著者:中島岳志


■評価:優
  情報:◎ 新規性:○ 構成:○ 日本語:○ 実用性:△
  難易度:普 費用対効果:○ タイトルと内容の一致:◎
  お勧め出来る人・用途 :ガンディーを客観的に評価したい人・ガンディーの生き様を通して自らを見つめ直す
  お勧めできない人・用途:ガンディーを崇拝している人・ガンディーのすばらしさをあらためて確かめる


■所感

ガンディーが異様なまでに「禁欲」にこだわったのは、自らの「欲望」を強く認識していたからだ

この逆説が、本書の特徴である。
本書で描かれているガンディーは、聖人でも偉人でもない。
人間ガンディーである。


彼が、自らの「欲望」とどのように闘ったか、インド独立のためにどのような「戦略」をとったか、自らの理想と現実とのギャップにどのように取り組んだか、家族に対してどのように接したか、本書はこのようにガンディーの「行為」に注目し、そこから彼の思想を浮き彫りにしている。
その中では勿論、彼の言動の「不一致」や「矛盾」も明らかになってくる。
しかし、本書はその点を以て、彼を非難することはしない。
そもそも、我々自身、自らの「理想」通りに「実践」が出来ているかというと、そんなことはない。
本書は良い意味で、ガンディーを遙か手の届かない雲の上の存在から、我々と同じ「悩める人」の位置にまで連れてきた。
そうして初めて、ガンディーの問いは我々の問いとなる。


本書(の特に南直哉との対談)で指摘されて、目から鱗であったのは、ガンディーは(一般の政治家と比較すれば十分にラディカルであったけれども)原理主義の立場からみると現実に「妥協」しすぎていた、という点である。
我々は政治家・革命家、そして「インド独立の父」としての視点からガンディーを見る。
その観点からはガンディーは「ファンダメンタリスト」に見えるが、実は現実政治にコミットしている時点で、彼は十分現実に「妥協」しているのである。
政治は異なる利害を持った人々の間の調整である。
確かに彼は自らの思想信条のために、何度も「政治」から離れることがあったが、それでも世俗から逃げずに、コミットし続けた。
結果としてその行動がインドの独立に大きく貢献したことは、今更言うまでもないことである。


そういう、「政治家」ガンディー、そして「人間」ガンディーという視点を提供しているという点で、本書の価値は非常に高い。


が。
個人的にはややガンディーに失望した。
勿論、彼の強い意志による実践は非常に尊敬できるものであり、その点ではまだ雲の上の存在であることには変わりはないのだが、彼の思想が(社会的には良い意味で)触れきっていない、という点が明らかになったという点に個人的に不満を感じる。
(この不満は本書で指摘されているように、「原理主義者」からの不満なのであろう。私は「原理主義者」である)
特に、彼の性欲に対する以下のくだりには大いに失望した。

子供を産むためにだけ夫婦生活が許されています。

これでは、カトリックの教義とまったく同じではないか。
この点にガンディーの「思想家」としての限界を見た。
(私はこの点に関しては、キリスト教異端思想グノーシスの立場をとっている)


以上は単に個人的な好悪の問題で、それは本書の価値とはなんら関係はない。
本書はガンディーを理解する上で、非常に重要な視点を与えている良書である。