ウェブはバカと暇人のもの (光文社新書)

ウェブはバカと暇人のもの (光文社新書)

書名:ウェブはバカと暇人のもの
著者:中川淳一郎


おっしゃりたいことはよく解る。
だが、結局駄目だと判明したのは、あくまでウェブのビジネス的側面であり、それはウェブ2.0にとって本筋の部分ではない。


ウェブ2.0は結局マーケティングが作り出したバズワードでしかない、というのが現在のウェブ2.0に対するこの国の知識人の基本的な見解であるが、それは、ウェブ2.0をもともとそのように「何か新しいマーケティング用語のようなもの」としか捉えていなかったからである。
だから、「ITバブル崩壊」のような形でウェブに関するビジネスが軒並み傾いた途端に、「ウェブ2.0なんてもともとなかった」「ただの幻想だった」といったような時代に逆行するような発現をしたり顔でするのである。
これがいかに滑稽で、己の愚昧さを露呈する発現であったかということは、あと30年もすれば明らかになるだろう。
まあ、評論家は厚顔無恥でなければやっていけないようだから、恐らくその時には自分が「ウェブが負ける方に賭けていた」ことなど完全に忘れて、さも自分が発見したかのようにウェブの素晴らしさを吹聴して回るんだろうな。


ただ、著者にも同情する余地が大いにある。
著者はまだウェブが現在のように広く普及する少し前に、ウェブを用いた双方向コミュニケーションを試みたものの、手痛いしっぺ返しをくらって、撤退しているのである。
著者の体験談から推察するに、この時ウェブはまだかなり未熟な状態で、情報の整理も進んでおらず、利用のされ方もあまり建設的なものとは言えないものだったようだ。
期待が大きかっただけに、その反動で大いに幻滅したのであろう。


しかし、著者のweb2.0批判、それも名指しでの梅田氏への批判は完全な的外れである。
そもそも、梅田氏は著者が非難しているような「バカと暇人」など鼻から相手にしていない。
「不特定多数無限大」への信頼というのは、ある程度の教養と志を備えた層への信頼であって、ネットを利用した単純な多数決による衆愚への信頼ではない。
この辺りは『ウェブ進化論』だけ読んでいると誤解してしまう点なのだが、近著『ウェブ時代をゆく』をしっかりと読めば、そのような誤解はすぐに解ける。


確かに、この国のウェブには、「2ちゃんねる」と「フェースブック」の違いに代表されるように、閉鎖性・匿名性など梅田氏が歯がゆく思われるような、欧米諸国のウェブには見られない特徴がある。
それは、それで『アーキテクチャの生態系』が的確な分析を行っている。
同書は同時に、梅田氏に対してある種のアンチテーゼを提示しているが、このアプローチからの批判なら、まだきちんと議論が噛み合うので有意義な批判となりうる。


何かとウェブを持ち上げるのも、全否定するのも、間違った態度である。
ウェブは経済のグローバリズムと同じで、もはや不可避の前提であり、いくら嫌いでもそれを完全に排除することは出来ない。
だからこそ、それをどうやって良い方向に導いていくか、その中でどう生き抜いていくか、というのが梅田氏の提起した問題なのである。


残念ながら本書は著者のトラウマ的な過去の経験による主観の域を出ておらず、その批判は有意義なものとはなっていない。
書の質としては悪くはないので、読んで損はないが、本書の主張を真に受けて、「ウェブが負ける方に賭ける」ことは避けなければならない。
読むならば、正しい知識・理解と、しっかりとした自分なりの評価の軸を持って読まなければならない。