少女が知ってはいけないこと

少女が知ってはいけないこと

書名:少女が知ってはいけないこと
著者:片木智年


良書。
タイトルやカバー絵の怪しさとは異なり、まじめなアレゴリー研究書。


エデン神話に始まり、エロスとプシュケー、美女と野獣という西欧における有名な物語を、「女性と知」という観点で解き明かしていく。
しかも、その分析は共時的なものにとどまらず、時代を下るにつれ、「女性と知」を巡る人々の考え方がいかに変化していったかという通時的な分析にまで至っている。
西欧限定ではあるが、「女性と知」の問題についての変遷について、概観をつかむことが出来る。


1つ1つの台詞や出来事に込められた寓意に対する考察も秀逸である。
ある一定の枠組み(例えばユング心理学)に無理に当てはめてしまうことなく(ちなみに、「ユング心理学」そのものが良くないわけではない。そうではなく、ある一つの枠組みにこだわることによって、強引な解釈が行われ、或いは重要な示唆を無視するようなことを平気で行ってしまうということが問題なのである)、かといって、その場その場の主観的解釈に陥ってしまうことなく、あくまで1つの軸を元に、出来事や台詞に込められた寓意を解き明かしている。
その分析は非常に納得のいく質の高いものであると同時に、特に小難しい専門用語で脚色されてもいないため、平易で解りやすい。


本書は、前半の『美女と野獣』までの流れがメインテーマであるが、後半2章で扱われているいわゆる「洗濯女」と「異種婚」の話も深い含蓄があり、興味深く読める(但し、それぞれあまり深く掘り下げられてはいない)


そして、本書の優れているところは、なんといっても本書が単なるアレゴリー研究を超えて、一冊の哲学書であるというところである。
「少女と知」という軸で語り始められた本書の考察は、やがて「肉体と魂」の相克に関する問題へと至り、そしてそれは、「自然から切り離された心」という表現を持って、一回りして最初のエデン神話へと結びつく。
恐らくこの研究を始めたときは、そういう構図を描いていたわけではなかっただろう。
しかし、枠にとらわれず、尚かつぶれない軸をもって、1つ1つの寓意を解きほぐしていった結果、本書そのものが見事な「物語」として結実することになったのである。


余談だが、なんとなく感じていた、『美女と野獣』(ディズニー映画では最も好きな映画である)に対する自分の嗜好の原因がわかったような気がした。
要するに、あれは、肉体の縛りから自らを解き放つというプラトニズムの物語であり、かつ、自ら閉じこめていた心を解き放つことにより魂の交歓に至るという自己解放の物語なのである。


この先生は、『星の王子様』の研究書も書かれているらしい。
是非読んでみたい。


思わず個人的な感想となってしまったが、文学に興味関心のある人(心理学に関心のある人で文学に関心の無い人はいないと思うのでこう書く)ならば誰でも読んで楽しめる本である。
いわゆる「本当は恐い」なんちゃら、的な本とは異なり、まじめなアレゴリー研究書なので、安心して知的好奇心に本書をくれてやると良い。
また、哲学に興味関心のある人にとっても、本書は「こころ」や「死」の問題を普段とは異なる観点(自然との関係)でとらえているという点で、非常に参考になる書である。
是非。