書名:ジェネラルパーパス・テクノロジー―日本の停滞を打破する究極手段
著者:野口悠紀雄, 遠藤諭


大いに期待はずれ。
それだけ期待も大きかったのだが、直近の著作から考えると期待して当然の著者なのだ。
期待に応えてほしかった。


どの辺りが期待はずれかと言えば、ずばり「具体的な提案に欠ける」という点。


ITはジェネラル・パーパス・テクノロジーであり、決して書類をデジタル化するとか、PCを使うとか、社内をLANでつなぐといった、「道具」として使えばそれで十分というものではない。
そうではなくて、電力の発明に匹敵する「イノベーション」であり、そもそも業務フローのみならず、経済システムの根本をひっくり返すような、大転換なのであり、そういう理解でビジネスモデルの層から見直さなければこの国には未来がない、という主張はよくわかる。


そして、(この辺りが野口氏のすごいところであるが)ITの歴史をふまえた上で、現在ITが国際的にはどういう位置づけで、各国(の企業)はどう変わりつつあるか、そして我が国はどうか(未だにメインフレームを使っている、ITなどろくに解っていない人がCIOを任されている、等)、変わっていないとすれば問題の原因はどこにあるかなどが時系列でしっかりと説明されている。
技術的な話に関しても、しっかりと理解された上で語られている。
殊、ITそのものの歴史とこの国の(企業の)「お粗末な」IT事情に関しては、(勿論私の勉強不足なのだが)初耳の事柄が多く、本書そのものは、すぐに付箋でいっぱいになった。
その辺りは「さすが」と思った。


だが、余りにも問題の分析に紙幅を裂きすぎており、具体的な提案がほんのわずかしか書かれていない。
読者(少なくともこのタイトルと帯を見た読者、私に限ったことではない)が本書に期待することは、ITがジェネラル・パーパス・テクノロジーであり、現在の日本の企業(のトップ)はそのことが理解できておらず、従って、今の状況はまずい(大手銀行などのシステム障害などを通してその状況がいかに危機的であるかが理解できる)のは、解るとして、「ではどうすればよいのか」である。
問題を追及するだけ追求しないのでは、最近急速に国民から忘れ去られつつある某万年野党とやっていることが変わらない。
勿論、提案が全くないわけではない。
だが、圧倒的に不足しているのである(具体性にも欠ける)。


本書は、現在のこの国とこの国の企業が抱える問題、特に来たるべき「ウェブ時代」に対して対応が10年は遅れているという深刻な問題、を理解するためには最良の書である。
しかし、本書には「具体的な取り組み」の参考になる情報がほとんどない(どれが「駄目」かは、学習できる)。
他の著者ではなく、野口氏だからこそ、私が求めるものは高い(しかし、不当に高い要求ではないように思う。野口氏なら可能なことである。というよりも、野口氏本人よりも編集者が悪い。ページ数を倍にしてでも、具体的な施策についての提案を数多く引っ張り出すべきだったのだ)。
今度は是非、ジェネラル・パーパス・テクノロジーとしてのITをどのように活用するのか、どのようなビジネスを展開していくのか、国家戦略としては何を行うのか、について書いてほしい。
「具体的な」とさんざん書いたが、野口氏に求められるのはここの細かい事例よりも、おおきなビジョンである。
是非、日本経済とこの国の「駄目」な部分を知り尽くした野口氏から、是非。