恋することと愛すること (新風舎文庫)

恋することと愛すること (新風舎文庫)

書名:恋することと愛すること
著者:遠藤周作


読了は恐らく7/8。
まとめて書いているのは決して・・・ふがっ
(もうええわ。早く書の評を書け!ていうか寝ろ)


こんな本読むんだって?
いや、哲学的には興味深いテーマだとは思わないか?
実際に経験するのはご免だけど。
(石田衣良に言わせると恋愛ニートというらしい。私はプラトニストと呼んで欲しい。愛読書は『狭き門』『ラブレター』(浅田次郎))
あとは、これも意外と言われるのだが、恋愛小説は良く読む方だ。
好き嫌いは激しいけど(好き:江國香織とか 嫌い:男性一人称で語られる独りよがりなもの)<だから、早く書の評を書けよ>
『沈黙』や『深い河』を書いたあの遠藤周作が、「愛と恋」について真っ向から語るという企画らしいということで大いに期待した。
カトリック教徒である遠藤周作が、それぞれをどのように定義するか、特に肉欲についてどう語るかについて、不謹慎ながらわくわくしてしまった。


が、結果は期待はずれ。
遠藤周作ってこんなに頭が固い保守的な人間だっけというのが正直な感想。
まあ、時代背景もあるのかもしれないが、はっきりいってつまらない。
しかも妙なところだけ女性に対する偏見(と「本能」という便利な言葉を用いた男性性の擁護)というカトリックの特徴(ただしカトリックの女性蔑視とはまた別の相)が現れていていただけない。
フェミニストはこれを読んで抗議したんじゃないか?
(再三述べているが、私はアンチフェミニストである。ただし、セクシストではない)


有用な忠告といえば、「あまりにも早く行為に及んでしまうと男性の熱が冷めてその分早く関係は終結してしまう」というどこぞの似非心理学者でも言えそうな単純な法則のみ。
後は退屈の一言。
同じスタンダールを引いている書といえば、竹田青嗣の『恋愛論』があり、本書はこちらには遠く及ばない(最も、作家と哲学者を比較してはいけないのかも知れないが)。
まあ、ひいきの著者を擁護して言うならば、まだこの連載を始めたときには、『沈黙』も『深い河』も書いていないので、著者の水準もそこまで到達していなかったということなのかもしれない。
とにかく(少なくとも現代人には)退屈で、特に役にも立たないので、敢えて読む必要はない。