求めるな
さすれば与えられん

ずっとそう言い聞かせ続けてきた。
だけど、求めなくても与えられるものなんて本当はいらないんじゃないか。
本当に欲しいものは求めることそれそのものだったのではないか。
求め、追いかけることこそ人を幸せにするのではないか。


感情の抑圧が常態化すると、本当に感情の表現の仕方が解らなくなるらしい。
今は自然に笑うことさえ難しくなってきた。
自分の笑った顔のぎこちなさと醜さが自分で解る。
それが嫌で仕方ないから笑えなくなる。


表に出されることのなかった感情は、消えたり死んだりせずに、溜まっていくのだ、きっと。
だから私の場合は「わたし」の代わりに胃腸が怒ったり泣いたり落ち込んだりしているのだろう。
そういうことが、最近になってようやく解ってきた。
知識なんて何の役にも立たない。
心理学はそれこそ6年も勉強してきて、特に精神分析に関してはかなりのことが解ったつもりでいたが、その基本中の基本である「抑圧」に今の今まで気づかずにいたのだから。
いや、気づいていたが懸命に否定していたのだろう。


疲れや不安、ストレスが原因だと言われても、「わたし」は何も感じてこなかったから、首肯することが出来なかった。
だから心で捉えられる不安がほとんどない冷静で落ち着いた状況でもその症状が現れるのだ。


失われた感情のしっぽをようやく捉えつつある。
ここからそれをたぐり寄せてまたもとの自分に戻すか、それともまたそれを手放してしまうかは解らない。
今の私なら、それを受け止めることができるような気がする。
きっと、独りなら。