書名:過剰と破壊の経済学 「ムーアの法則」で何が変わるのか?
著者:池田信夫


良書。
ただし、但し書きがつく。
以下の条件に当てはまる人は本書を読むことを薦めない。

  • ITに関する知識が浅い
  • 経済に関する知識が浅い
  • 論理的な文章を読みのが苦手


要は、初心者向けではないということ。
別に難しい経済の理論や、技術用語(やや難しめの言葉は出てくるが)が使われているからではない。
本書が雑記調(今風に言うならブログ調)で、著者の思考の流れがそのまま文章になっているため、基礎知識のないものが理解するのは難しいからである。


内容に関しては、秀逸である。
自分でも意外なことであるが、私は本書を読むまで、「ムーアの法則」を始めとする情報技術産業の革新的な出来事が、経済にどのような影響を与えるか、あまり考えず、また読んでこなかった。
理由としては、私が、情報技術の技術革新を、思想的な視点から、すなわちメタ経済的な視点から(ストレートに言えば現在のコマーシャリズムに代わりうる新しい経済としての期待から)とらえていたことがあげられる。
梅田氏の著作の影響も大きい(別に梅田氏が悪いわけでも梅田氏が経済を語っていないわけでもない。ただ、梅田氏の著作から私が勝手にそういう視点を持っただけである)。


本書の主張をまとめるなら次のようになる。
ムーアの法則」が成り立つ市場において、全ての商品はコモディティ化する。
また、グローバル化により、世界中の市場は1つに統合されつつある。
さらに、情報革命が世界の距離を縮めている。
従って、インターフェースをクローズドにした独りよがりの商品や、生産に他所よりもコストのかかるような商品は淘汰されていく。
このような世界で生き残っていくためには、情報をオープンにし、生産体制や組織のモジュール化を進め、自社に優位性のないものは外部調達し、変化に対応するために常に身軽な状態でいなければならない。
また、単にものを作って売るというだけでなく、サービスの提供や広告主体の経営に移行するなどビジネスモデルそのものも大きく変えていかなければならない。


以上のような論は何も目新しいものではないが、本書ではこれらを「日本の携帯電話はなぜ世界市場で受け入れられないのか」「IBMは『ムーアの法則』を無視した結果、どのような危機に陥ったか」など、説得力のある具体例で説明しており、それが著者の主張を説得力のあるものとしている。


ソフトウェア産業に関しても、単に「新機能の追加」によって他製品との差別化をするだけでは生き残っていけないのだということを本書を読んで改めて感じさせられた。
それまでは単に「優秀なフリーウェアにとって代わられる」だとか、「パッケージ製品は売れない」といった漠然とした危機感であったが、本書を読んだ後では、そもそもそのような生産者主体の「ものを作ったのだからこれを売る」というビジネスモデルそのものが、この経済の新しい局面に適応していないということに気づいた。


この国の経済の足枷となっている官僚諸氏にも読んでもらいたい一冊である。


追記
著者の説明の中で「ボトルネック」という表現は秀逸であると感じた。
曰く、コンピュータの性能が上がり、人間がボトルネックとなった。
だからGUIが作られた。
なるほど、と思わせる考察である。