書名:日本の大逆襲―「改革」「格差」を超えて、新しい成長が始まる
著者:田原総一朗, 長谷川慶太郎


良書。
盛り込まれている情報がどれもマスコミでは決して手に入れることの出来ない生情報・裏情報ばかりで、正直仰天した。
「テレビばかり見ていると馬鹿になる」と一昔は言っていたらしいが(今はTV-gameばかりやっていると馬鹿になる、となったらしい)、マスコミにもある程度の偏向がある以上、その言葉はあながち間違っているとは言い難い。
何せ未だに「未成年者の犯罪が増え、凶悪化した」と信じている人の方が多数らしいから(統計上明らかにこれは否定できる)。


本書ではマスコミと官僚の結託に関する情報が得られる他、アメリカという国の実態(本当の競争社会とはどのようなものであるか)、日本の銀行の行く末にとどまらず、旧社会主義国の実態までもが語られており、値段・文章量を考慮してもかなり充実した内容になっている。
対談本は中身が薄いものが多く、特に田原総一朗のように年5冊ぐらいのペースで本が出ているような人の本だと外れも多くなるのであるが、この書はそういう意味では誰の期待も裏切ることのない内容と保証できるような「当たり」本である。


この本の中で述べられている長谷川の「格差論」に私は全面的に賛成する。
結局、競争の敗者は自らの力で這い上がるしかないのであり、国はそのために必要最低限な援助(1.死ぬ2.今日を生きるのに100%の力を注がざるを得ない3.逆転の手段が何もない、という事態を避けるだけの援助)はしてもこれを積極的に「救済」してはならないのである。


その他にも長谷川という人の発言には傾聴に値するものが多々あった(勿論全てではない)。
にわかにこの人への興味が湧いてきた。
私にそう思わせるだけの人物であり(こう書くと何か偉そうだが)、その人物とインタビューの名人、田原との対談である本書は必然的にそれだけの価値を持つものとなる宿命にあったのだろう。


何やら持ち上げすぎの感もあるが、一読して損はしないだけの価値は有る書である。


書名:NHK テレビ3か月トピック英会話 2007年 11月号


今見ている英会話番組は3つあり、その内の1つ。
歌で英語を身につけるという発想は多言語習得という概念が出来て以来のものであると思われるが、悪い発想ではない。
個人的にビョークなど気になる歌手の歌の意味を理解しながら英語を学べるということは発憤材料としては申し分ない。


ただ、やはり番組そのものと比べると、テキストの読書は味気ない。
頭にもなかなか入らない。
NHKもテキストにはそれなりの工夫をしてもらいたいものである。
番組を見ることを前提に書かれたテキストは正直言っていらない。
番組があれだけ学習にさいしてテキストの類を必要としなくて済むよう工夫されているのだから、テキストの方は少なくとも値段相応の価値を持つように工夫すべきである。
まあ、「歌」をモチーフにしている以上限界があるのは認めるけどね。


「ニート」って言うな! (光文社新書)

「ニート」って言うな! (光文社新書)

書名:「ニート」って言うな! (光文社新書)
著者:本田由紀, 内藤朝雄, 後藤和智


最初に予想していたとおり、新書にしては分厚い(300P)本でありながら、内容の薄っぺらい本であった。
タイトルからして読む気はなかったのであるが、文春新書の『論争・格差社会』で本書の本田氏がニート問題の「やらせ」について統計学的にまともな反論をしていたので、やや興味をひかれて本書の購入・読了に至ったわけである。


結論から言うと、本書は本田氏が担当した第1章のみが読む価値の有る内容であり、残りの2章はいらない。
特に3章はひどく、この程度の「調べ学習」ならば中学生(失礼!)でもできる。
3章は結局、所所の「ニート」について書かれた雑誌を主体とするメディア(そもそも私は一部を除き雑誌・ムックの類を意味のある言説と認めていない)を「順番に並べ」た上で、それぞれに対して「ニート問題を労働市場の問題として捉えているか」という評価観点だけでこれは良い、あれは駄目、と割り振っているだけである。
とにかく「社会のせい」「社会にも問題がある」と書いていれば○で、「心の問題」「若者が堕落した」と書いてあると×というだけの文章に何の意味があるというのか。


本田氏の主張は「高校の専門化を進めろ」という点以外は文春新書の方で書かれている内容とほぼ変わらないので、そちらを読めば本書を読む意味はほとんどゼロに近いと言って良い。
サヨクって進化しないのだな、と改めて思わされた書。


問題な日本語その3

問題な日本語その3

書名:問題な日本語その3
著者:北原保雄, いのうえさきこ


毎回居住まいを正される書。
自分が使用している日本語の問題点を指摘してくれるような機会はなかなかないので、本書のような書は大いに有益である。


本書の良いところは、「これが正しい日本語である」「若者言葉は使ってはならない」という保守一辺倒のくだらない本と違って、世の流れを冷静に分析し、日本語として明らかな間違いはたしなめた上で、世の趨勢として仕方ない部分に関してはその使い方を注意する点に止めるというその姿勢にある。
言葉とは世の変化に応じて移り変わっていくものであり、それを支える背景(私の言葉では物語)によって変わらざるを得ないという側面を持つ。
そういう意味では本書のとる立場は、変わらざるを得ない部分は受け入れ、それでもコミュニケーションの手段として、或いは論理的整合性を保つために守らなければならいない原則をしっかりと示すという点に於いて正しいものであると私は理解している。


言葉について書かれた本というものは(特にコミュニケーションや言語そのものに関して関心の薄い私にとって)、大概読んでいて眠くなるような退屈な書籍ばかりであるが、本書は楽しみながら読めるという点でも優れているといえる。
そしてそれは随所にちりばめられた絵だけではなく、その軽妙な語り口と豊富な知識に基づく冷静な分析・指摘にもあるのだろう。
流り本にしては珍しい良書である。