人道なき「王道」の末路

東の海神 西の滄海 十二国記 (講談社文庫)

東の海神 西の滄海 十二国記 (講談社文庫)

書名:東の海神 西の滄海 十二国記 (講談社文庫)
作者: 小野不由美


■評価:優
  物語:○ 情報:− 斬新さ:△ 意外性:△ 含意の深さ:◎ ムーブメント:△ 構成:◎ 日本語:○
  お勧め出来る人 :「王道」についての考察に興味がある人
  お勧めできない人:戦記物や大太刀振る舞いを求めている人


■所感
 3作目にあたる本書のテーマは非常に解りやすい。
 「王道」である。

目的のためにはどのような手段も許されるか

 これまで何度も問われ、議論されてきたテーマである。
 しかし、この問いには答えはない。
 なぜならば、これは純粋に立場の問題だからである。


 「救う側」の言い分、「救われる側」の自己肯定、そして「切り捨てられる側」の悲痛な叫び。
 そのどちらに立つかによって、当然ながら答えは異なる。


 100人を救うために1人を犠牲にする。
 1万の民のために100の民を見殺しにする。


 救命ボート倫理。
 ハーディンの提唱した有名な命題である。
 救命ボートの定員数は限られているが、難民は溢れている。
 さあ、いったいどうすべきか。

皆を助けようとする

 正論だ。だが、恐らく、結果は惨憺たるものになるだろう。

救えるだけの人を救う

 現実的だ。だが、救う人と救わない人を誰がどのようにして決める?
 たとえ決まったとして、そこに争いが生じないと誰が言い切れる?

全員が救えないなら皆で沈むべき

 あなたは立派な平等主義者だ。
 だが、きっと誰もあなたにはついていかない。
 あなたは真っ先に排除され、そして残ったもので同じ問いが繰り返されるだけだ。

救えるだけの人になるまで人の数を減らす

 今国際政治の場で行われているのはまさにこの方法だ。
 あなたは立派な大統領になれるだろう。

自分が助かりさえすればあとはどうでもいい

あなたは正直な人だ。
誰もあなたを非難できる者などいない。
だが、その考えはひっそりと胸の中にしまっておくことをお勧めする。


・・・・・・。
そもそも利害の対立があるから政治が必要となるのである。
従って、政治に正解などない。
だからこそ、治世者には常人では及びつかないような「人徳」が求められるのだ。

ああ、この人がこう言うのだから、仕方がない

損を被る相手までもが納得させられてしまうような人徳が。


相変わらず小野さんのこのシリーズは「問い」とその過程が秀逸だ。
ただ、少し残念だったのは、本巻においては、問いを投げかけるべき人物がかなり力不足だったということ。
そのせいで、せっかく上記のようなそれこそ答えのない深遠な問いに発展させられるところが、「万事上手く」収まってしまった。
この辺りは哲学的意義よりも物語の筋の方を優先したのかもしれない。
たとえそうだとしても、もう少しひねった結末にもっていくことは可能ではなかったかと思ってしまうのは、私のこの著者に対する期待値が高くなってしまっているからなのかもしれない。
その点に関しては次作以降に期待したい。


■読了日
2010/12/24