転石苔を生ぜず

負けない生き方

負けない生き方

書名:負けない生き方
著者:財部誠一


■評価:秀
  情報:◎ 新規性:○ 構成:○ 日本語:○ 実用性:◎
  難易度:易 費用対効果:◎ タイトルと内容の一致:◎
  お勧め出来る人・用途 :今の職場を後ろ向きな理由で離れようとしている人・後ろ向きな転職、離職は必ず失敗することを再確認して思い止まる
  お勧めできない人・用途:仕事で精神的に追い詰められている人・何とか職場に踏みとどまるための方法を模索する


■所感

「いまの会社でうまくいかない人は、転職先でも絶対にうまくいかない。転職はいまの仕事をきちんとやれるようになってからです」

このヘッドハンターの一言の引用が、本書の全てを現している。
本書に甘い(そして無責任な)言葉は一切ない。
あるのは厳しい現実把握とそれに対峙するための「正論」のみ
リアリズムリアリズムリアリズム。

転職は2度が限度

本書で引用されている人事採用担当者はみな口を揃えてこう言ったという。
いわゆる「転職サイト」に溢れているバラ色の幻想を打ち破る力強いメッセージが込められている。
それはとても厳しいメッセージだが、そこには若者が転落の一途を辿るのみの「ジョブホッパー」となってしまわないことを切に願う気持ちが込められている。


勿論、身体を壊し、或いは精神を病んでまでその仕事にしがみつけ、という意味ではない。
職環境の厳しい現状は変えられるものではないから、そういう中で肉体的・精神的に耐えることが出来ない人はやはり一定数存在する。
そういう人のケアは本書の範囲ではない(それは公が担うべき分野である)。


繰り返しになるが本書が発しているメッセージは、「今の職場にしがみつけ」ではなく、「隣の芝生は青く見えるものだ」という忠告である。
「嫌になった」「我慢ならない」「自分に合っていない」「仕事が多い」という後ろ向きな理由で今の職を離れてしまうと、必ず同じことを繰り返してしまう。
人というものは安きに流れやすいものだからだ。


かくいう著者はというと、実は3年持たずに最初の職を離れている。
詳細は実際に書にあたって確かめて欲しいが、この点に関して、私は著者が言行不一致(自分のことは棚に上げて・・・)とは思わない。
著者の離職にはしっかりとした理由がある。
何よりも、著者はしっかりとその場に於いて「ベストを尽くし」、求められた(それも優秀な)成果をあげていた、という点で、著者自身の経歴は何ら著者の主張と矛盾するところではない。
その後の著者の経歴は、是非本書を読んで確認して欲しい。
随所随所で著者が如何に悩み、考え抜いた末にその決断をとったかが解る。


本書ではもう一点、「就職氷河期世代」について論じられている。
実はこちらの方が編集者から頼まれた「本題」らしいのであるが、著者は最後まで乗り気でなかったという。
(それは本書を通して強く感じることが出来る。随所に「本当はこんな断じ方はしたくないのだが」という著者のためらいがみてとれる)
それでも敢えて、一言だけ著者が意見を述べるとすれば、と断った上で、著者は以下のような結論を述べている。

いわゆる「就職氷河期」世代だけは特別で、彼らの職環境や経歴に関しては同情の余地がある(他の世代の人間に関しては全くない)


個人的にはあくまで著者のサルトル的自由論の態度を貫いて欲しかったが、なるほど著者の示したデータや論拠を見れば、誰もがさすがにこれは「特別措置」の余地がある状況ではあるな、と感じるであろうと思われるような内容だった。
確かに、これらの困難な状況に置かれた人に対しては、何らかの積極的な「アクション」が必要だろう。
だが同時にそれは、(著者自身が主張しているように)逆に「就職氷河期」世代でなくても、個別具体的な理由で、同様の困難に直面した(している)人は一定の割合で必ず存在する、ということでもある。
(例えば両親が相次いで倒れた、など)
従って、やはり特定の世代を特別扱いするのではなく、種々雑多な理由により、困難な状態に置かれてしまった、選択の余地がなかった、という人がきちんと再チャレンジ出来るような社会システムを構築しなければならないのである。
(と、他ならぬ著者自身が思っているはずである。繰り返しになるが、著者としては特定の世代を一緒くたに「特別」扱いすること、「環境」要因を必要以上に強調することには強い抵抗感を示している)


これまで述べたように、本書は徹底したリアリズムの元に記述されている。
本書は特に転職や離職を考えている人に、それを実行に移す前に是非読んでもらいたい書である。
本書を読んでもその決意が全く揺らぐことがなかった人は、自信を持って自らの心の声に従い、思った通りのことを完遂すれば良いだろう。
しかし、本書の指摘がズバリその通りであると感じ、少しでも自らの選択に躊躇いを感じた人は、今一度

自分が本当にやりたいと思うことは何なのか

を問うてみた方が良い。
その点をはっきりさせることが出来なければ、きっとその選択はあまり良い結果をもたらさないだろう。
本書のタイトルは『負けない生き方』だが、内容を鑑みるに、『後悔しない生き方』の方が適切だと思われる。
誰もが後悔などしたくないだろうから、是非本書を読んで、考えてみて欲しい。

自分が本当にやりたいと思うことは何なのか


■読了日
2010/09/25